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アメリカ子育て連々記v

From Mom

第11回:子守りの才能

英治さんと私のパパ・ママ会社はテレビ・コマーシャル、企業PRやミュージック・ビデオ等を制作する映像プロダクションです。駆け出しの頃はロスの日系放送向けニュース番組の撮影・編集も請け負っていました。特にニュースの撮影は昼夜、週末も関係なく、またロケも多いので全く時間の読めない、そして予定を作れない仕事でした。そんな不規則な仕事の都合に合わせて赤ちゃんを見てくれる(かも知れない)親や親族は誰一人として近くに居なかったので、一心が生まれる少し前に大きな一軒家を借りて引っ越し、オフィス兼住居としました。

ちょうど当時私のアシスタントとしてオフィスで働いていた女性、Misaちゃんにも一心と1ヶ月違いで女の子が産まれ、最初の一年間は交代で赤ちゃんを見ながら仕事をしました。でも、お誕生日を過ぎる頃になると赤ちゃん達が活発に動き回るようになり、また2人の泣き声は家+オフィス中にこだまするようになりました。私もだんだんとお腹が大きくなり、赤ちゃんを追いかけ回すのが少し辛くなってきました。それでMisaちゃんと相談し、私達が仕事中、家に来てくれるベビー・シッターさんを折半で雇うことにしました。でもこれといった伝が無かったのでトレード誌の求人欄に募集広告を出すと、すぐに15人位から電話があり、反響の速さと大きさに驚いたものです。ところが15人のうち半数はスペイン語しか話せない人達でした。大抵は電話であれこれと細かい質問を交わし、いざ面接の段取りにかかろうとしたら、実は英語の出来ない友人の為に電話をしていると言うのです。私もMisaちゃんもスペイン語は挨拶程度なので、これは困ります。残りの半数は車が無く、バスで通うとのこと。バス通勤でもいいのですが、ロスのバスはイマイチ当てにならないので、私達の仕事時間が不規則な時に困ります。そんなこんなで3人の面接候補が残りました。初めての面接をするにあたり、Misaちゃんとあれこれ質問事項を考えて、お掃除もして、最初の人を待つ事一時間・・・何の連絡もなく、姿も形も現れず、いきなり出端をくじかれてしまいました。でもちゃんと来てくれたあとの2人は、どちらも良さそうな人で、結局笑顔がとっても素敵な日本人の語学留学生だったHisakoさんに決めました。彼女は4ヶ月間しか出来ない…という条件だったので、かなり迷ったのですが、やはり期間より人柄です。

Hisakoさんは大の子供好きで、子供達もすぐになつきました。Misaちゃんも私も我が子は溺愛していますが、根っからの子供好きというわけではありませんでした。相手が1才の赤ちゃんであろうと、子供好きな人というのは、一緒になって楽しく遊べるのですね。Hisakoさんは子供達をどんどん外に連れ出してくれ、子供達に水遊びをさせながら、お庭の水撒きも同時に済ませてくれるし、子供達はキャッキャ・キャッキャとはしゃぎ回って疲れ、お昼寝はばっちり…という具合で、私達は「子守りの才能」というものがあるのだと認識しました。

Hisakoさんとの素晴らしい4ヶ月はあっという間に過ぎてしまい、第2回の面接で雇ったのは、18歳の美人で繊細なアメリカ人、ディバ(Diva)でした。ディバはオートバイ通勤と聞いて、最初はちょっと戸惑いましたが、それは私達の持つステレオタイプのイメージが邪魔をしただけで、ディバもやはり「子守りの才能」の持ち主でした。彼女は女優志望だったのですが、18歳になった時に売れない彫刻家のお母さんに自立するよう言われ、初めて得た職がウチの子守だったのです。ディバはとても明るくて忍耐強く、また18歳という年齢を忘れてしまう位しっかりしていました。私が18歳の頃を思い出しても、また私の16歳の娘を見ても、アメリカ人の18歳というのは何に対してもはっきりと自分の意見を述べ、なんて大人びているのだろう!?日本人は子供を甘やかし過ぎなのかなぁ?などと思ったものです。ディバは6ヶ月間勤めてくれ、その後は本来の夢である女優志願に専念したいということで、時間の融通が効くウェートレスに転職しましたが、残念ながらまだスクリーン・デビューは果たしていないようです。

Hisakoさんやディバとの素晴らしい出会いで、私達は大いに助けられ、おかげで仕事の方も徐々に軌道に乗り始めました。英治さんと日本の大手広告代理店との良い出会いもあり、日本からコマーシャルやPRの仕事が取れるようになって来ました。と同時に、仕事に求められる品質やプレッシャーもぐっと高くなり、いよいよ子育てと仕事の両立が難しくなってきました。1日は24時間、あちらを立てればこちらが立たず…個人会社なのでどうしても皺寄せが子供達に行ってしまう時も多く、成長の大切な時期を他人任せにした分、数年後に数倍となって私達に返って来たツケも大きかったのです。そしてその償いの一部は今も続いています。でも生活が成り立って初めて子育てが出来るのですから、その時々の条件下で、子供達にとってはベストな選択ではなかったかも知れませんが、一生懸命子育てに取り組んでやって来たことへの後悔はありません。それにしても親が子供達にしてあげたい事はいつも際限知らずですね。

(2004/12/20)

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